現在の政治形態を極言すると、専制政治と民主政治の2つしかない。専制政治において、君主になるのは特定個人すなわち王様や皇帝である。一方の民主主義の場合は、国民大衆が君主といえるだろう。
興味深いのは、政治形態が上記の何れであっても、その国の命運は、君主が賢明か否かで決まる。たとえば専政政治の例を支那の歴史で見てみよう。当時の超大国であった明は、名君とされる洪武帝や永楽帝によって大いに繁栄した。しかし武宗から世宗へと愚君が2代続き、それ以後は衰退の一途を辿った。きっかけは君主の愚昧さを奸臣につけ込まれたからである。
民主政治が主流になっている現在はどうだろう。直近の日本の例を挙げてみよう。上の論法でいえば、この国の君主は国民である。したがって首相の立場は、国民の下僕ということになる。そのため国民大衆という主人が愚昧である場合は、奸臣すなわち首相以下の閣僚に誑かされることになる。国民にとって、奸臣と言うべき鳩山氏や菅氏を擁する民主党を選んだのは誰か。つまり愚かな君主“国民”自身ということになる。そして、それを唆したのはマスコミというわけだ。天を仰いで慨嘆したい。
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