2012年2月26日日曜日

素人が気にする経済問題(5)

6 世界の富裕層をターゲットにする


 今まで先進国と後進国という分け方で論じてきたが、全く別の分け方もある。所得や所有財産の程度による分け方、即ち富裕層と貧困層という分け方である。この区分は先進国と後進国の何れにも適用できる。たとえば中国の場合は、1%の富裕層が国民所得の40.4%を占有している。したがって贅沢市場戦略では、この国からも1300万人を、極上の顧客として選べることになる。中国の他にも、インド、アラブ諸国、豪州、中南米など富裕層は世界中に分布している。前に先進5ケ国の人口は6,6億と述べたが、このような後進国の富裕層をターゲットに加えると、日本が狙うマーケットの規模は更に拡大する。この市場では、粗悪で安価なコモディティ製品は全く問題にならないだろう。
 富裕層の購買意欲を刺激する商品とはどういうものか。最近のことだが、私はそれを考えるヒントになる格好の書籍を見つけた。書名は「琥珀の眼の兎」。その内容は、大富豪のユダヤ系一家で代々受け継がれてきた「根付け」にまつわる物語である。周知のように、根付けは日本人が昔から愛用していたものだ。すなわち煙草入れ、矢立て、印籠、小型の皮製鞄などを、紐で帯から吊るし持ち歩くときに用いた留め具のことである。今では製作国の日本以上に、国外で骨董収集品として高く評価されている。
 前に日本の伝統産品が、先進国の好事家から持て囃されている事情を述べたが、根付けもその一つの例に過ぎない。この動向にいっそう拍車を掛けるべく、関係者たちは積極的に対策を講じはじめた。たとえば伝統的工芸品産業振興協会では、この分野で活動しているメンバーに、日本伝統工芸士として登録することを推奨している。現在では正会員数は4400名を越えているが、高度な技能をもつ職人の数はもっと多いはずだ。この人達は資格や肩書きとは無関係に、人知れずひたすら自己の持つ技能の研鑽に努めている。潜在化しているその数を数え上げれば、おそらく数万人に上るのではないだろうか。それだけではない。頂点にいる職人の技を支える補助的な仕事や、関連する業務まで数えたら、その周辺のビジネスはいっそう拡大するだろう。
 このほか既に定評のある高級カメラや、パソコンなどの情報機器、ファインケミカル技術を駆使した化粧品など、最先端技術を駆使したハイテク製品については、今後も引き続き高級市場で人気をほしいままにするだろう。イタリアから来た私の知人は、秋葉原に毎週出掛けるそうだ。この街全体が先端技術製品や部品の発信基地なので、眼が離せないからだという。

7 生産財と消費財の二分野でユニークさを発揮する

 世界でも定評のあるのが日本の生産財技術と製品であるが、これに肩を並べるのがドイツである。ドイツはマイスターの国、日本は匠の国。職人の技能を大切にする点ではよく似ている。もともとドイツは日本にとって、工作機械や製鋼設備、車両などいわゆる重厚長大製品をつくる技術のお師匠さんであった。それが何時しか、現在のような拮抗する関係になったのである。そうなり得た理由は幾つかあるが、特記すべきは日本のバランスのよいモノヅクリ環境とシステムであろう。
 具体的にいうと、品質(Q)、コスト(C)、納期(D)の3大要件が揃っているのである。まず品質については、日独それぞれ得意分野と不得意分野があって、一概に優劣はつけがたい。コストはどうか。これも品質と同じ理由で、差をつけるのは難しい。とくに最近のように為替レートが大きく変わる状況下では、一概に長短を論じることはできない。
 しかし納期の正確さについては、明らかに日本が勝っている。その理由は2つある。その1は、製品をつくる職場の気質である。私は嘗てドイツの工場を訪れたとき、作業者の真摯な作業態度に感銘を受けが、そのあとのミーティングで、現場の責任者に質問した。「納期を守るために、どんな対策を講じていますか」。彼はよどみなく答えた。「完成したときが納期です」。予想外の返事であった。日本では、製品を期日どうりに届けるのが至上命令になっているからだ。その2は、納期どおり作るためのシステムが完備しているからである。専門的なるので詳細は省くが、その名称を「製番管理システム」という。このようなシステムが確立していないドイツやユーローでは、生産財の開発製造ではしばしば問題が発生する。たとえば独仏で共同開発した巨大航空機(エアバス)は納品が3年も遅れたため、ANAをはじめ世界の航空会社に大きな迷惑を掛けた。
 いずれにしろドイツと日本は、ローテクとか重厚長大製品といわれる生産財の生産にかけては、今後も世界のトップを走り続けるだろう。しかし高級消費財の生産については、日本は明らかに優位に立っている。その実態は前項の「世界の富裕層をターゲットにする」で述べた通りである。つまり日本は、生産財と消費財の二分野でユニークさを発揮することができるのである。

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