2011年4月14日木曜日

経済学者はなぜ発言しないのか

 東日本大震災は、その規模の大きさにおいて、日本の歴史始まって以来の出来事といわねばならない。その被害の範囲と大きさは人命、財産、交通、生活などのあらゆる分野に及んでいて、それを回復するために要する時間や費用などは見当がつかないほどである。しかしこのまま有効な対策を講じないで無為に時を過ごせば、日本の国力は著しく劣化するだろう。また国際的な地位も低下するだろう。素人政治家の集団に過ぎない民主党内閣では、とてもこの難局を乗り切ることはできまい。
 今後の見通しとして、とくに重要になるのは経済の復興だろう。現状を見ると、たとえば日本の主力である自動車産業や電気機器の工場では、部品供給の齟齬のため生産は大幅に減退している。この状況をどのようにして打開するか。差し当たっては電力の供給力を回復させたり、工場の補修や機械の修理など、現場でのハード面の回復に尽力するのは当然だ。しかしそれと平行して、マクロ経済の面から今後の産業・金融政策をどのように展開するかは極めて重要だ。ただしアマチュアー政治家の集団に過ぎない現在の民主党政権にそれを期待するのは無理だろう。かくしたその道の学識経験者の提言が極めて重要になる。具体的に言えば、経済学者こそこのテーマについて有効な提言を行わなければならない。
 しかし今のところ経済学者からの、それに関する発言は殆どない。その一方で産経の経済コラムなどでは、かなり大胆な提案をしている。たとえば保有するアメリカ国債を担保にした、日銀引き受けによる100兆円の復興国債の発行である。この大災害の復興には、5兆円や10兆円の投入ではとても間尺に合わないだろう。その意味では、このような大胆な発想が必要なのだ。最近では経済学の権威も地に落ちた感があるが、今こそ復権のチャンスではないか。ケインズがどうのマルクスがどうのいった文献研究ではなく、この難局に役立つクリエイティブな理論や実践的な提言をやってもらいたい。

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